夏の水辺で見かける、青白い体が印象的なシオカラトンボ。
その名前を聞いたとき、「塩辛(いかの塩辛)と何か関係があるの?」と疑問に思ったことはないでしょうか。
実は「シオカラ」の由来は、あの食べ物の塩辛とは関係がありません。
この記事では、シオカラトンボという名前の由来を中心に、その生態や特徴、雌雄の違い、さらには最新の研究で明らかになった興味深い事実まで、正確な情報をわかりやすく解説します。
1. 「シオカラトンボ」という名前の由来は塩辛とんぼ?
白い粉を「塩」に見立てた
シオカラトンボの名前の由来は、成熟したオスの体に吹く白い粉を「塩」に見立てたことにあります。漢字では「塩辛蜻蛉」と書きます。
成熟したオスは全体が黒っぽくなり、胸部から腹部前方にかけて灰白色の粉で覆われます。この姿が、塩が吹いているように見えることから「塩辛(シオカラ)」と名付けられました。
食べ物の塩辛とは無関係
「シオカラ」という言葉から、イカの塩辛などの食べ物を連想する方も多いですが、シオカラトンボとそれらの塩辛食品には直接的な関係はありません。
名前の「シオカラ」は、塩昆布のように粉を吹いた見た目に由来するものであり、食べ物の塩辛との関係はないとWikipediaをはじめ複数の文献で明確に記されています。
また、オスの白い粉は実際に舐めても塩辛くはなく、後述するようにワックス質の物質であることが研究で明らかになっています。
漢字表記「塩辛蜻蛉」が示すもの
「蜻蛉(とんぼ)」は古くから日本でトンボを指す言葉として使われてきました。
「塩辛蜻蛉」という漢字表記は、見た目の特徴をそのまま名前に組み込んだ、日本らしい命名の例といえます。
このように生き物の名前に見た目の特徴を取り込むのは日本の昆虫命名においてよく見られる手法で、シオカラトンボのほかにもムギワラトンボ(麦藁蜻蛉)など、色や形に由来する名前が多くあります。
2. シオカラトンボの白い粉の正体

ワックス質の物質が体を覆う
シオカラトンボのオスを白く見せている正体は、ワックス質の粉状物質です。これは体の表面から分泌されるもので、見た目は塩が吹いているように見えますが、実際には油脂に近い成分です。
この白い物質は成熟したオスにのみ見られ、羽化直後のオスはメスと同様に黄褐色をしています。成長とともに体が黒化し、やがてこの白いワックスが胸部から腹部にかけて分泌されるようになります。
産業技術総合研究所による研究で判明した機能
この白い物質については、産業技術総合研究所(産総研)などの研究チームが詳しく調べた結果、紫外線を反射する機能と撥水性を持つことが明らかになりました。
研究では、極長鎖メチルケトンと極長鎖アルデヒドが主成分であることが同定されており、ほかの生物のワックスとは異なる特殊な成分であることもわかっています。
この特性により、シオカラトンボのオスは真夏の強い日差しの下でも活発に活動できると考えられています。
生物由来の日焼け止め研究への応用可能性
産総研などの研究チームは、このワックスの成分を化学合成することにも成功しています。
研究者らは、この物質が従来とは異なる生物由来の新たな紫外線反射素材につながる可能性があるとしており、今後の研究の進展が期待されています。
ただし、研究段階であり実用化には安全性などのさらなる検証が必要です。この事実はあくまで研究報告として紹介されているものであり、確立された製品や治療法ではありません。
3. オスとメスの違い:ムギワラトンボとは?
「ムギワラトンボ」はシオカラトンボのメス
「ムギワラトンボ(麦藁蜻蛉)」という呼び名を聞いたことがある方も多いでしょう。
これはシオカラトンボのメスや未成熟のオスを指す俗称です。
メスは成熟しても黄褐色に黒い斑紋が散在する体色を保ち、麦わらのような色合いであることからこの名で呼ばれてきました。
オスとメスで見た目が大きく異なるため、かつては別の種類のトンボと思われることもありました。
オスの体色変化:羽化後に劇的に変わる
オスは羽化直後はメスと同様に黄褐色をしていますが、成熟するにつれて全体が黒化し、胸部から腹部前方にかけて灰白色の粉が分泌されるツートンカラーになります。
この変化は成長の過程で起こるもので、完全に成熟したオスは青白い体と黒いツートンカラーが特徴的な姿になります。
複眼(目)の色は青緑色で、これもシオカラトンボを識別するポイントの一つです。
メスにも白粉が出ることがある
基本的に白い粉はオスにのみ見られますが、まれにメスでも腹部下側などに薄く白い粉を吹く個体が確認されています。これは例外的な個体差によるもので、すべてのメスに見られる特徴ではありません。
このような個体差があることも、シオカラトンボの観察を行う際の興味深いポイントの一つです。
4. シオカラトンボの生態と生息環境
日本全国に広く分布する身近なトンボ
シオカラトンボは、北海道から沖縄まで日本全国に分布する中型のトンボで、体長は50〜55mm程度です。
平地の池や湿地、水田、公園の池など幅広い環境に適応しており、市街地でも見られることがあります。
日本国外では、ロシア(極東)・中国・韓国・台湾などにも分布しており、ユーラシア大陸の極東地域に広く生息する亜種です。
成虫が見られる時期は4〜10月ごろで、特に夏場に多く観察できます。
肉食性の昆虫:成虫もヤゴも
シオカラトンボは成虫・幼虫(ヤゴ)ともに肉食性です。
成虫は飛翔しながら小型の昆虫を捕食し、チョウやほかのトンボを捕まえることもあります。
水中で生活するヤゴはミジンコや水生昆虫などを捕食します。
ヤゴは泥の多い場所に生息することが多く、体に毛が発達しているのが特徴です。
縄張りをもち産卵を見守るオスの行動
成熟したオスは縄張りを占有し、草の上などに静止して周囲を警戒します。
交尾後、メスが産卵する際はオスがそばで飛びながら他のオスが近づかないよう見張る行動が見られます。
産卵はメスが水面に腹部を打ちつけるようにして行い、水面をホバリングしながら腹部末端で水面を叩いて卵を飛ばすという独特の方法をとります。
光を反射する平面に対する反応として行われるため、水面以外の光る場所でも同じ行動をとることがあります。
5. 似ているトンボとの見分け方
オオシオカラトンボとの違い
シオカラトンボとよく似た種としてオオシオカラトンボがあります。オオシオカラトンボのオスもやはり青灰色の粉をまとった体をしていますが、いくつかの点で区別できます。
シオカラトンボ vs オオシオカラトンボ |
複眼の色:シオカラトンボは青緑色、オオシオカラトンボは黒褐色 |
後翅の付け根:オオシオカラトンボは黒褐色の色彩がある |
好む環境:シオカラトンボは日当たりの良い池・田んぼ、オオシオカラトンボは林に囲まれた閉鎖的な環境を好む傾向がある |
体のサイズ:オオシオカラトンボはやや大型(体長50〜57mm程度) |
シオヤトンボとの違い
シオヤトンボもシオカラトンボに似た種の一つです。
シオヤトンボのオスも白い粉をまとっていますが、後翅の付け根にオレンジ色の模様が入る点でシオカラトンボと区別できます。
また、シオヤトンボはシオカラトンボより小型で、腹長も短い傾向があります。
出現時期にも差があり、シオヤトンボは主に春(4〜6月)に見られるのに対し、シオカラトンボは4〜10月と長い期間にわたって活動します。
観察時の見分けポイントまとめ
野外でシオカラトンボを見分ける際は、以下のポイントを参考にしてください。
- 複眼の色が青緑色かどうかを確認する
- 後翅の付け根に色模様がないかを見る(シオカラトンボは透明)
- 生息場所が日当たりの良い開けた水辺かどうかを確認する
- 体の大きさや出現時期も参考にする
まとめ
シオカラトンボという名前の由来は、成熟したオスの体に吹く白い粉を「塩」に見立てたことにあります。
食べ物の塩辛とは無関係で、漢字では「塩辛蜻蛉」と書きます。
この白い物質はワックス質で、産業技術総合研究所などの研究によって紫外線を反射する機能をもつことが明らかになっています。
オスとメスで見た目が大きく異なり、メスや未成熟のオスはムギワラトンボとも呼ばれます。
日本全国の水辺に広く生息し、夏の身近な昆虫として親しまれているシオカラトンボ。その名前のひとつひとつにも、先人たちが観察した生き物の特徴が込められています。


